カテゴリー「「減災」」の記事
2008年5月 8日 (木)
2008年3月 6日 (木)
行列のできるイベント ―だいじょうぶウィークin渋谷
先週の土日、「だいじょうぶキャンペーン~こわくないまち、つくろう~」に行って来ました。
渋谷で安心・安全を、見る・知る・考える・体験するイベントで、ウォークラリー、起震車・自然災害体験、地域安全マップ作りに、吉本興業お笑い芸人による健康講座や野球の交流試合、コンサートや試写会など盛りだくさんです。
そのひとつ、「イザ!カエルキャラバン!」はとってもユニークな企画です。
子どもたちは、家にあるいらないおもちゃを持ってきます。それを「かえっこバンク」で「カエルポイント」(写真)にカエル。かえたポイントで、欲しいおもちゃとかえっこ!できるのです。
カエルポイントがなくなった人も防災・防犯のゲームやクイズに参加するとポイントがもらえる!という仕組みで、子どもたちが大勢押しかけます。
子どもたちは、消火器を使った的当てゲームや、人間と同じ大きさのカエルの人形を担架で運びタイムを競うゲームなどで、遊びながら自分の身を守る知識や技術(?)を身につけることができます。
次の土日(8・9日)もやってます。
私はブース出展しているのですが、おかげさまで、ブースは開場と同時にお子様たちの行列です![]()
2008年1月 7日 (月)
地震の備えは「モシモ」ではなく「イツモ」
『地震イツモノート―阪神・淡路大震災の被災者167人にきいたキモチの防災マニュアル――』と無印良品とのコラボレーション企画「地震ITSUMO+無印良品」展が開催されます。
『地震イツモノート』は、地震がおきる可能性は「モシモ」ではなく「イツモ」ある・・・という発想で、地震との新しいつき合い方を考える本。
タバコのマナー広告で有名な、あの寄藤文平さんのイラストで、地震への備え、心構えを教えてくれます。
私たちが日常の暮らしのなかに生きる知恵、そのために必要なモノ、方法、考え方とは何か――そんな『地震イツモノート』の視点から無印良品を捉え直してみたコラボ企画だそうです。
時:2008年1月16日(水)~2月3日(日)
場所:東京・有楽町の無印良品 有楽町3階 ATELIER MUJI にて
入場:無料
プラス・アーツさん(お友達NPOです)の企画は本当におもしろい。
行ってみよ~っと♪
2007年12月12日 (水)
タウンセキュリティ
今日は日経新聞のフォーラム「タウンセキュリティで暮らしの安全・安心をデザインする」に行ってきました。
最近、自宅玄関前で殺されたりという事件をよく耳にします。
私は必ず誰かしらいるところに帰宅するので(しかも、かなり大型で、力強く俊敏な人間が3人いるので)安心なんですが、確かに、地域の、自宅のセキュリティも考えなくてはならないのでしょうね。
でも、よそ者が入りにくいよう城壁を作るようなまちづくりはどうなんでしょうね・・・。
まちのいたるところに防犯用Webカメラがついていて、各家庭のセキュリティシステムも万全で・・・城壁に囲まれたまちの中は安全かもしれませんが、うちのような中流以下の家庭には縁遠いと言うか、かえって城壁の外の地域をスラム化する気もしますが。
「血縁」はどうしようもないけど、「知縁」と「地縁」で地域を守ろう!というのにはナットクですが、それも現代社会、特に東京ではなかなか難しい問題になってますよね。
国土交通省の方がおっしゃっていたことなんですが、小さな工夫が犯罪を抑止するというのはちょっと勉強になりました。
例えば、しっかりしたブロック塀だと敷地内の見通しが悪くなるので、空き巣などの犯罪者はいったん入ってしまえば、お仕事をしやすい。
だから、生垣にするとか塀を無くすとかして外部からの見通しをよくしたほうがかえって安全なんですと。
そういえば、うちもわりと最近、泥棒に入られたんだよな~。
25年住んでて初めて。
でも、今日、いいこともありました。
昨日、次男が近所で財布を落としたのだけど、今日、見つかったのです。
親切な方が拾って警察に届け出てくださって、警察は、中に入っていた診察券を見て整形外科に電話。整形外科から我が家に連絡。で、一件落着。
盗みに入る人もいれば、拾って届けてくださる人もいる。
写真は近所のにんじん(?)畑です。
2007年12月10日 (月)
緊急速報をDocomo携帯で受信できる! ―12月10日から
今日、12月10日から、NTTドコモが携帯電話への緊急地震速報の配信を始めました。
地震が発生すると、P波と呼ばれる小さな縦波と、S波と呼ばれる大きな横波が伝わってくるのですが、P波は秒速7キロ、S波は秒速4キロくらいだそうで、P波の方が早く来るんですね。
震源の近くでこのP波をキャッチして知らせてくれるのが「緊急地震速報」なんだそうです。
公共機関とかで試験的にやっていたようですが、今年10月1日から(気象庁が)一般向けに配信を開始しました。
テレビにつなぐ専用の機材を設置しておくと、例えば夜中にテレビが消えているときでも、速報が来ると電源が入って、カウントダウンを始めてくれるそうです。
それが、携帯でも受信できるようになったというわけです。
今のところ、ドコモのFOMA(905シリーズと705シリーズかな)だけですが、他社の携帯でも近いうちに受信できるようになるとか。
でも、突然「3秒、2秒、1秒、ゼロっ!」って言われたらどうします???
やっぱり日ごろから大地震をイメージして、自宅で寝ていたらこうする、通勤途中だったらこうする、仕事中だったらこうする・・・と考えておかないと動けませんよね~
2007年10月 2日 (火)
2007年9月 4日 (火)
防災訓練ごっこ
毎年、恒例の「イベント」、防災週間の防災訓練。
テレビでも、バケツリレーとかヘリでの情報収集とか、お約束のシーンをたくさん見た。
そんな中、今年は某役所の防災訓練のお手伝いをしてきた。
「一応」コンサルとして。
でも、会社が役所の希望に沿って作った企画通りに、言われたことを言われたようにやっただけだけど。
具体的な事は書けないけど、あんなんで実際に災害が起こったらどうなっちゃうんだろ・・・。
私がいた役所はひどいと思ってたけど、もっとひどいところがいっぱいあるんだねー。
あ〜あ・・・。
テレビ見ててふと思ったんだけど・・・防災訓練ごっこするなら、みんなでビリーズブートキャンプでもやったほうがマシかも。
2007年9月 1日 (土)
賞金30万円!「第1回 日本耐震グランプリ」参加者募集!
今日は防災の日。一年に一度くらい、まじめに地震対策を考えてみてもいいかも。
ということで、情報提供です。
6000人以上もの犠牲者を出した阪神淡路大震災では、その8割以上の方々が、倒壊した家屋や家具の転倒が原因で亡くなっています。
(内閣府防災情報のページより「防災白書」阪神・淡路大震災における犠牲者(神戸市内)の死因)
火事で焼け出された犠牲者の中には、倒壊した建物に閉じ込められて焼死された方も多かったそうで、最初の十数分で家屋が倒壊し、そのほとんどが二次災害である火災の被害にあいました。
阪神・淡路大震災での延焼速度は時速22~26メートル(1分間に36センチ~43センチ相当!)ですから、建物が倒壊しなければ避難することができます。倒れてきた、というより「飛んできた」家具や落ちてきた天井の下敷きになり、逃げたくても逃げることができなかったのです。
関東大震災を教訓として「地震だ、火を消せ!」が浸透していますが、今や、ガスのマイコンメーターは、震度5以上の揺れを感知すれば自動的にガスを止めてくれるので、あわてて火を消す必要はありません。それよりも、動ければ、丈夫なテービルの下にもぐるなどして、まずは身を守ることが大切です。生きていれば、火は揺れがおさまってから消せばいいのです。
飲み物や食べ物が足りないことや、避難所での生活を心配するのは、生き残った人の話。地震国日本で生活している以上、死なないために、大切な人を死なせないために、まずは耐震補強と家具の固定を。
ということで、前置きが長くなりましたが、「第1回日本耐震グランプリ」の参加者を募集しています。グランプリ受賞者には賞金30万円!
ニフティが新しくスタートさせたサービス、「地域活動支援コミュニティ」に情報を掲載したので、ぜひ、ご覧ください~
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地震のことはなそう 著者:せお まさし,東京いのちのポータルサイト,藤田 夏代子,目黒 公郎 |
2007年8月17日 (金)
【連載】私にとっての戦争と文学(第6回目)
五 文学にできること
大岡は、『捉まるまで』のエピグラムに「わがこころのよくてころさぬにはあらず」という『歎異抄』の言葉を引用している。
自分には崇高な気持ちがあるから殺さなかったのだ、などというような紳士気取りで作品を書くことを〈あらかじめ自分に禁止しておいた〉と見ることができる。(注10)
しかし、後に武田の『ひかりごけ』には、「『野火』の主人公」と名指しで、「文明人ぶっている」と書かれた。(注11)
大岡のように〈善悪の次元に泰淳は立っていなかった。戦場が極限中の極限だから、隠されていた人間性が赤裸に露出されるわけではない。戦場ではない場所でも隠された人間性は露出される。〉(注12)と川西政明氏は言う。
確かに、戦前と戦後で日本国家における善と悪が逆転している。しかし、今後またそれが逆転し、戦前の価値基準に戻ることがあるのだろうか。
確かに、社会の規範がすべて正しいとは思わない。しかし殺してはいけない。死んではいけない。生きているから人間なのだ。
確かに、父の生の延長線上にいる私が、武田を裁くことはできない。しかしやはり、武田の殺人は悪だ。
確かに、戦場であれ難破船であれ、追い詰められて錯乱状態に陥れば、人間は何をしでかすかわからない。しかしやはり、善と悪の区別はあって欲しい。
文学は「人間性を露出させる」ことだけではなく、「よりよく生きる」ことをも模索して欲しいと願う。生きていなくては文学も価値がない。
六 参考文献
- 注1 P223・P224、注2 P167、注4 P12、注9 P497、注11 P514、注12 P339 『武田泰淳伝』川西政明 講談社
- 注3 P35 『身心快楽 自伝』武田泰淳 創樹社
- 注5 P150、注6 P228 『大岡昇平論 美意識の使徒』ゆりはじめ マルジュ社
- 注7 P116、注8 P88 『混沌から創造へ』武田泰淳 中央公論社
- 注10 「過去精算」と21世紀の日韓関係 亀井秀雄 韓日文化交流政策諮問委員会主催シンポジウム
2007年8月16日 (木)
【連載】私にとっての戦争と文学(第5回目)
四 大岡昇平と武田泰淳
大岡昇平と武田泰淳は同時代の作家であり、両者とも、戦争体験をきっかけに本格的に小説を書き始めている。
しかし、その戦争体験には大きな違いがある。そしてこの違いが、両者の行動・思考に大きな影響を及ぼしているものと思われる。
大岡は、徴兵逃れの工作もむなしく、戦局が激しくなった四四(昭和十九)年に臨時召集され、フィリピンに送られた。
出征までは川崎重工資材部に勤務していたため、軍部の機密資料から艦船の建造トン数の小さいことなどを知り、〈こんなことでは戦争ができるわけがない〉(注5)ことに気づいていた。
また、当時、大岡は三五歳で妻子もあった。スタンダールに倣ってサラリーマン生活をし、〈この平常心をもって国家権力の呼び出しに応じたことが、戦争の悪を根源的に批判する視点を獲得し〉(注6)ていたのであろう。
大岡は補充兵で、戦闘能力は期待されていない暗号兵であったが、フィリピンでは《退路が遮断され、周囲で僚友が次々に死んで行く》(P13)という戦局で、常に死と隣り合わせにいた。
一方武田は、三七(昭和十二)年に召集を受け、中国へ派遣された時は二五歳、独身であった。当時は僧侶として家業を継いでいた。
やはり補充兵として上海に上陸したが、主力部隊が敵部隊を駆逐し敵がいなくなった地を行くばかりで、〈戦場で敵と相まみえたことはない〉(注7)。
むしろ内地で僧侶などをしているより、〈ずっと面白〉 く、〈嬉々として働いてい〉た。(注8)
《「他人を殺したくない」という我々の嫌悪は、恐らく「自分が殺されたくない」という願望の倒錯にほかならない》(P31)と大岡は分析している。
出征の時から、俘虜となり《助かった》ことを実感するまで、《常に死を控えて生きてきた》(P56)大岡は、他人の死と自らの死を全く別のものとして感じることはできなかったのであろう。
武田は、殺人を犯した後に自らの生命の危機を感じるような状況を体験し、「自分が殺されたくない」気持ちを味わったのではないか。
また、敗戦を迎え、〈『聖書』を通じて滅亡と審判と黙示録の世界を知り〉(注9)、異常な空間から徐々に脱するのと平行して罪の意識も芽生えていったのではないか。
さらに、時間がたつにつれ、家庭を持ち年齢を重ねるにつれ、罪の意識が肥大していったことも想像される。私の父がそうであったように。
2007年8月15日 (水)
【連載】私にとっての戦争と文学(第4回目)
三 武田泰淳『審判』 ―なぜ殺したのか
『審判』では、青年「二郎」が、非道な殺人を二度行っている。
一度目は分隊長の気まぐれな命令で中国人二人を、二度目は明確な理由もなく盲目の中国人老夫を射殺した。
このことは、武田自身が、一九三八年五月に実際に行ったことであるらしい。(注1)
なぜ武田は罪も害もない人を殺したのか。
作中、《真空状態》、《鉛のように無神経な状態》(P16・P18)に陥ったと表現している。
この殺人の後のことだが、同年九月、武田が盧州で書いた手紙に〈おそろしい鉛のような流れとなって時間が動いていく〉とある。
この時期、マラリアにかかったり、苦手な力仕事をさせられたり、〈匪賊のような〉日常を送っていたようであり(注2)、そのような異常な空間、極限状態、錯乱状態を表しているようだ。
しかし大岡も、もっと異常な状況、空間にいたのではないのか。
また、十四、五歳の頃、生き物を殺すことは《臆病なくらいイヤ》であったにもかかわらず、《鉛のたま》を《気味悪い》 蛙の腹に何発も打ち込むという描写がある。(P17)
この《鉛》に、武田特有の抑圧を感じる。
僧侶の子に生まれた武田は早くからストイックな生き方を強いられ、生涯童貞を通した僧侶の伯父(注3)を崇拝するなど一般的な快楽を自らに禁止するあまり、逆に非道徳的・非人間的なことをやってみたいという思いが強くなったということはないだろうか。
他の作品を読んでも、女性の美に対する肉欲こそあれ、武田の書く友人、恋人への態度には、《人類愛の如き観念的愛情》が欠落しているように感じられる。
川西政明の調査では、武田自らが語る経歴には誤りが複数あった。川西いわく、〈「私」をいい加減に扱う〉(注4)武田は、他人を大切に扱うこともできなかったかもしれない。
【連載】私にとっての戦争と文学(第3回目)
二 大岡昇平『捉まるまで』 ―なぜ殺さなかったのか
『捉まるまで』は、フィリピンのミンドロ島での大岡自身の戦争体験を書いたものである。
戦闘能力のない病兵として置き去りにされた大岡は、水を求めて一人戦場をさまよい、疲れ果てて丈の高い草むらに横たわっていた。
そこへ不意に若い米兵が姿を現わす。 《学生の時実弾射撃で良い成績》だった大岡は、自分の存在に全く気づかず近づいてくる米兵の無用心にあきれつつ、《自然に右手が動いて銃の安全装置を外していた。》(P29)
しかし大岡は米兵を撃たなかった。他人を殺したくないという嫌悪は、《平和時の感覚であり、私がこの時既に兵士でなかったことを示す》(P32)と自己分析しているが、大岡が兵士だからこそ、撃たなかったのではないか。
衰弱した自分と三人の米兵という圧倒的に不利な状況下で発砲すれば、米兵のうち一人は仕留められたとしても、残りの米兵に撃ち殺される可能性は高い。
《果たしてこの優勢な相手(私の認知しただけでも一対三である)を直ちに射とうとしたであろうか》という疑いは間違いではないだろう。
さらに近づいてくる米兵に、《私に害を与えると私の知っている対象に対する嫌悪と危惧の混ざった不快感》(P37)を感じた大岡は、偶然の銃声に救われることなく米兵が自分の姿を認めるや否や、反射的に発砲し、そしてその場で戦死していたかもしれない。
しかし、《個人的理由によって彼を愛したために、射ちたくないと感じたこと》(P37)は、私も信じる。
私も《親となって以来》、子供を見ると息子たちを想い、また《ある種の感動》(P36)も感じるからだ。
大岡の米兵に対する《愛》はその描写から見て取れる。《薔薇色の頬》(P35)に《その顔にふさわしいテノール》の声、そして言葉の《語尾を呑み込むように子供っぽく口角を動かす》仕草は、なぜかデイビッド・ベッカム(イギリスのプロサッカー選手。アイドル並みの容姿を持つ)を想起させるほど美しく愛らしい。
これらの描写から、「殺さなかった」理由は人類愛からではないが、大岡が《人類愛の如き観念的愛情》(P31)を持ち合わせている人間であることがうかがえる。
2007年8月14日 (火)
【連載】私にとっての戦争と文学(第2回目)
一 私の「大東亜戦争」
両親はよく小学生の私に「大東亜戦争」の話をした。
母は昭和八年生まれ。十三人兄弟で、女の子は兵士になれないから「要らん子」と言われて育ったそうだ。小学生の時は毎日のように空襲警報に逃げまどい、おかげで読み書き計算もままならない。
父は大正十二年生まれ。法政大学在学中に学徒動員で戦地へ向かい、お国のため、天皇陛下のため戦ったので、生きて帰ったことが恥ずかしいと言っていた。
大砲を撃って片耳が聞こえなくなったこと、よく上官に殴られたこと、撃たれた父を担架で運ぶ仲間が谷底へ振り落とそうとしたことなど、戦地での話をする父は楽しげで、誇らしげだった。
敵は女・子供も残らず殺したという。ハンマーで頭を叩き割り、天井まで血しぶきが上がったと私に話した時の父の表情は、さすがに楽しそうではなかった。
父は晩年、夜中にうなされるようになった。自分が殺した人たちの夢を見ると言っていた。
父と母の生の延長線上に今の私がいる。
そして、私の息子たちの存在もまた同様である。
【連載】私にとっての戦争と文学(第1回目)
広島の原爆記念日、長崎の原爆記念日、そして終戦記念日がやってくる。
私なりに考えた、稚拙な戦争観をここで公開してしまおうと思う。
ご批判は甘んじて受けます。
大学の「日本文学作品・作家研究」という科目で提出したレポートを、何回かに分けて掲載します。
私にとっての戦争と文学
私は戦争を知らない。
だが、「大東亜戦争」での多くの死の延長線上に生きている自覚がある。
以下、私なりの戦争体験で、大岡昇平の『捉まるまで』と武田泰淳の『審判』を比較し、論じたい。
なお、文中の《 》は作品中からの引用であり、ページ数は『俘虜記』は新潮社版(平成十七年十月十五日五八刷)、『審判』は『武田泰淳全集 第二巻』筑摩書房(昭和四六年六月十八日第一刷)のものを付した。その他の文献からの引用は〈 〉で囲い、末尾に出典を示した。
2007年8月 7日 (火)
おもしろいコラボ ―Plus Arts
今日は久々の耐震補強委員会。
命を守ることを主目的とした、安価な耐震シェルターのご提案と、建築基準法の改正に関するご担当者からのご説明(久しぶりにお会いしましたデス)。そして次のイベントの企画提案。
イベントそのものは、例のごとく、偉い人たちがパネルディスカッションだけど、付随するコンテストやキャンペーンがおもしろい。
昨年末のヒルズイベントの時、企画段階ではアイデアが出ていたけど、実現しなかった企画、が実現しそう。
そして、私がやりたくてもできなかった、子ども&お母さん向けイベントを、まさに私がやりたかったとおりにやってくれている素晴らしいNPOがある。
防災や教育に関する活動にアートをプラスしてしまうというNPO「プラス・アーツ」。この活動がおもしろい。「カエルキャラバン」は秀逸。
簡単に言うと、防災訓練と子ども、に対して、こちらは耐震補強と若者、でいこうと。そしてコラボ。
うん。楽しみ☆
2007年7月18日 (水)
地震と戦争
被災地の様子を戦争に例えているのを何度か耳にしました。
「戦争が起こったみたい」
「まるで野戦病院だ」
戦争をなんらかの形で経験された方ならではの表現なのでしょう。
確かに、ほとんどの人にとって戦争やテロは対岸の火、という平和な日本社会において、地震に遭うことで急に死を意識させられるかもしれません。
とはいえ、毎年3万人以上が自殺し、親がわが子を殺し、子どもが親を殺して切り刻む昨今。
五木寛之氏は、大塚初重氏との対談集「弱き者の生き方」で、「人身受け難し、今すでに受く」という言葉を引き、蚊でもなく蝿でもなく人間に生まれたことは、それだけでラッキーなのだ。だから死んではいけない、殺してはいけない、ということを書いています。
戦争中のように、常に死の恐怖におびえながら生きていた時代とは異なり、今の人は、簡単に死んだり殺したりする。それは私の両親もよく言っていました。
ただ、自殺する人は、精神状態が普通ではなくなっている、通常通りの判断力がなくなっているのだとも思います。「どんなことも死ぬよりマシ」という判断ができない状態。死ぬよりも怖いことがある状態。
以前、精神科医がそのように分析しているのを新聞で読みました。そういう前兆、サインを周囲が見逃してはいけない、と。
死ぬことは怖いこと。
人間は、自分が生きていることを自覚し始めた時から、死の恐怖も意識し始めるのでしょう。
塾の生徒(小学生)の課題図書である「西の魔女が死んだ」(梨木 香歩)は、少女が死に対する恐怖を克服していく物語であるとも感じられます。
「夏の庭―The Friends」では、少年たちの「死という得体の知れないものへの恐怖」が、「大切な人の死、という悲しいこと」に転換していく様子が描かれています。
でも、精神状態だけではなく、五木氏も指摘されているように「想像力の欠如」ということも考えられるのではないかと思います。
死んだら、あるいは殺したら、自分は、相手はどうなるのか、残されたものがどんな思いをするのか、という。
この「想像力の欠如」は致命的で、天災である地震でも、自分や人の命を奪うことにもつながります。
地震で死なないために、人を殺さないために、まずは建物を耐震化し、家具の固定をしてほしいものです。命はお金にかえられないですから。
2007年7月17日 (火)
地震の翌朝
「地震国日本の非情な現実は、傷を癒す暇さえ与えてくれない」(本日の読売新聞「編集手帳」より)んだな・・・。
自宅を出たら地震に遭い、揺れがおさまって振り返ったら自宅がぺしゃんこだった・・・という方の話が新聞に載っていた。
午前10時だからそんなこともあるでしょうが、これが深夜だったら、ぺしゃんこの自宅の中だったわけで。
命が助かると、家が壊れてしまったことが辛いし、家が無事ならお腹がすいたとか暑いとかが辛く・・・でも、「飛んでくる家具」を避けようとして手を骨折した人は、昨日は医者に診てもらえなかったとか。命が助かって生きているからこそだけど、でもやっぱり、一晩中痛くて辛かっただろうな・・・なんて考えていると、他人事とは思えない。
誰みても親はらからのここちすれ
地震をさまりて朝に到(いた)れば
与謝野晶子が関東大震災で詠んだ歌だそうだ。被災者が皆、親、はらから(兄弟姉妹)に思えると。
今日は、新潟・長野に激しい雨が降らなければいいけれど。
でも、明日は我が身かもしれない。
首都直下地震の起こる確率は、今後30年間で70%。
2007年7月16日 (月)
新潟県で震度6強の地震発生 ―耐震補強をしたのに倒壊した?!
まだ「復興」という言葉が残る中越に、また地震!?
新潟県と長野県北部で、震度6強の強い地震がありました。新潟県柏崎市、長岡市、刈羽村、長野県飯縄町で震度6強を観測したほか、 広い範囲で震度5弱以上を観測したそうです。
今後約1週間、余震に警戒する必要があります。
以下、地震防災などを中心に活動しているNPOのメンバーからの情報提供です。
被災していない地域では、テレビなどで情報は入手できるとは思いますが、参考までに。
■地震情報
- 新潟県で震度6強の地震(災害ニュース:レスキューナウ@ニフティ)
http://rescuenow.nifty.com/cs/news/details/223196/1.htm
※←ブログパーツ「レスナウ@ニフティ」からも! - 緊急・新潟県上中越地震(防災リスクマネジメントWEB:時事通信社)
http://bousai.jiji.com/info/saigai.html
※気象庁記者会見の内容などを見ることができます - 平成19年新潟県中越沖地震リンク集(インターネット上の情報源を網羅している:静岡県災害情報支援システム研究会)
http://www.toukaijishin.net/chuetuoki.html
■思ったこと
テレビを見ていると、
- 3年前は平気だった家が、今回は倒壊した
- 3年前の地震の後、耐震補強をしたのに倒壊した
- 家具の転倒防止をしていたのに、転倒防止器具ごと倒れてきた
など、とても不安な状況が報道されています。
色々考えてみたんですが、素人考えは危険なので、ちょっと専門家に聞いてみました。
- 3年前の地震で無事だった家も、柱や壁の内部に小さな亀裂などが入ったりして、目には見えないダメージを負っていたのかもしれないと思いました。
専門家のご指摘では、今回倒壊した地域は、前回の中越地震の震源地から少し遠く、前回では「震度5弱から5強または一部6弱の地域だそうです。だから前回の地震動と今回の地震動では地震動の強さが違うとのこと。 - 重い瓦屋根の築数十年の建物では、大きな地震で無傷ということは期待できないでしょうね。ぺちゃんこにならない、とか、倒壊するのに時間がかかり逃げることができる、などを期待すべきかもしれません。
専門家の話では、「非常に稀に起きる大地震では無傷という事は難しい」ので、壊れはするけど、倒壊しないように壊れさせ、地震のエネルギーを吸収することが、「安全性を担保さ、せさらに経済的に建築する一番簡単な方法」なんだとか。
ただ、「倒壊するのに時間がかかり逃げることができる」ような「破壊時間コントロール設計法」は現段階では「無理」というのが専門家のご意見でした。
もっとも、徹底的に調査して「捏造や偽装」の耐震補強であれば、「事件」ですが。 - 転倒防止器具は、正しく取り付けることを心がけるとともに、それでも万全ではないと考えるべきなんでしょうか・・・。
専門家にお聞きしたら、壁(石膏ボード)にビスを留めて転倒防止器具を取付けてもほとんど効果が無い場合があるそうで、「きちんとした下地の柱や横架材に対して取りつけなければせっかくの転倒防止器具も役立たないことがある」のだそうです。
■木槿の過去ログ カテゴリー「減災」の記事
- 2007年3月27日 (火)
能登半島沖地震 ―北陸の家屋 - 2007年5月16日 (水)
気づく―わが身を振り返り耐震化の大事さを知る - 2007年5月19日 (土)
我が家の危険度チェック-古地図から - 2007年6月18日 (月)
安心―それが人間のもっとも身近にいる敵である
2007年6月18日 (月)
安心―それが人間のもっとも身近にいる敵である
私が所属しているNPOのメンバーの投稿内容を忘れないために・・・覚え書きです。
■「安心―それが人間のもっとも身近にいる敵である。」
by シェイクスピア
「しぶさんの防災日記」http://blog.livedoor.jp/bousaishibuya/より
■「天災は忘れた頃にやってくる」
by寺田寅彦
■「備えあれば憂い無し」
これはよく知られている言葉ですが、実はその前がある。「こあんしき」と言うようです。
居安思危 (安きにありて危うきを思う)
思則有備 (思えば、備えあり)
有備無患 (備えあれば憂い無し)
■「裏庭の芝生は放っておくと、雑草がのびる。同じ状態を続けるにはエネルギーがいる」
先日の授業の後に、「自分のまちに自分でできること」を書いてもらいました。
その中に、「自分のまちは充分に良いので、何も変更することはないから、何もやらなくて良い。」と書いた学生が何人かいました。
翌週に、トゥインビーがエントロピーの法則に例として書いていた(本が手元にないので、正確な記述ではありません)という話をしたところです。
2007年6月17日 (日)
「耐震補強セミナー」@自民党本部大ホールへ行こう!
自民党本部の大ホール(598名定員)で「耐震補強セミナー」が開催されます。
ここで、突然ですが、クイズです。
- 首都直下地震が今後30年間で来る確率と、ジャンボ宝くじを年4回20枚ずつ買って100万円以上当たる確率とでは、どっちが高い?
A:地震 B:宝くじ - 首都直下地震で、建物が全壊・半壊する比率が高い危険区はどっち?
A:練馬区 B:江東区 - 阪神淡路大震災で亡くなった人が多いのはどっち?
A:建物の下敷き B:火災
答えはセミナーに参加すればわかります。
内容は、豪華3本立てで参加無料!
お友達やご家族、職場の方などお誘いあわせの上、ご参加ください。
■内容
1.福和伸夫(名古屋大学)先生
「首都圏を襲う巨大地震とその対策について」
- 福和伸夫先生のホームページ
http://www.sharaku.nuac.nagoya-u.ac.jp/~fukuwa/ - 「運ぶ、回る、揺れる」の「ぶるるクン」のページ
http://www.sharaku.nuac.nagoya-u.ac.jp/laboFT/bururu/
2.中林一樹(首都大学東京)先生
「耐震補強推進に向けて(提言)」
3.NTTやケータイ各社の災害用伝言ダイアルの実演
*このブログの過去ログ(福和先生、中林先生についての記事):
■日時
7月1日(日曜日)の午後3時から5時まで
■場所
自由民主党本部 大ホール
(アクセス:http://www.jimin.jp/jimin/jimin/honbu/index.html)
■申し込み手順
会場が会場ですので警備が厳しく、参加者一覧表をチェックして入館いただくシステムになります。(参加者一覧表にお名前のない方は、会場に入れないのでご注意ください。)参加ご希望の方は、以下の手順でお申し込みを。
- 衆議院議員「安井潤一郎」の議員会館事務所へFAX番号を連絡
※メール(h08501@shugiin.go.jp)またはFAX(03-3508-3766)で - 安井事務所から申し込み用紙をFAX
- 申し込み用紙に必要事項を記入して、安井事務所にFAX
■主催
首都圏地震対策議員連盟
■問合せ先
首都圏地震対策議員連盟 事務局長 安井潤一郎
〒100-8982
東京都千代田区永田町2丁目1番2号
衆議院第2議員会館326号室
Mail:h08501@shugiin.go.jp
Tel:03-3508-7076
Fax:03-3508-3766
■おまけ
ちなみにこれは、NPO法人「東京いのちのポータルサイト」のメーリングリストからの情報で、NPOの理事長である安井潤一郎の投稿を勝手に掲載しています。
なにしろ、このNPOのメーリングリストには、「安井のメールは本人からの『転送不可』という申し出がない限り、常に転送は可能とする」というルールがあります。
国会議員のメールを本人の許可無しで転送できるMLってのもあんまり聞いたことがありませんが・・・。
なお、自民党議連会長の菅義偉総務大臣は出席されますが、関係各省庁の大臣・長官と東京・千葉・埼玉・神奈川の知事、東京23区の区長、都下10市の市長にも出席要請の手紙を出すそうです。
私は特定政党を支持したり宣伝したりしているつもりはありませんが、地震被害を減らそうとする動きには賛同します。大臣、長官、知事、区市長の方々は、ぜひとも参加していただきたいものです・・・。
以下、参考までに。
NPO法人「東京いのちのポータルサイト」
http://www.tokyo-portal.info/
安井潤一郎 今日の商店会(ブログ)
http://blog.goo.ne.jp/yasui219/
2007年5月23日 (水)
はしか(麻しん)パニック?!
はしか(麻しん、麻疹)が首都圏でも大流行して、大人もかかっているようです。
かといって、先を争って予防接種を受けに行くというパニック状態にならないといいのですが・・・。
はしか(麻しん)の正しい情報は?
もと役所の予防接種担当としては、はしかの詳しい&正確な情報は、やはり東京都健康安全研究センターのQ&Aページを見ることをおススメします。
読んでもわからなければ、遠慮せず保健所に電話して聞いてみましょう。役所とはいえ、保健所には医師、保健師、看護師がいますから(ただ、今はなかなかつながらないかも)。
■このページへのアクセスが多いので追記(東京23区のお話)
- はしか(麻しん)の予防接種は保健所では受けられません。医療機関へ!
- 予診票(つまり無料券のようなもの)を持っているお子さんは、23区内の契約医療機関へ!お隣だからと武蔵野市や西東京市の医療機関に行ってしまうと有料になりますよ!
- 法律で定められた年齢のお子さん(法定接種)以外は有料です。任意接種になるので、どこの病院に行ってもOK。ただし、各区は独自の制度を立ち上げているようで、今朝の新聞では高校生まで無料にした区もあるようなので問い合わせを。
- ただし、無料になるのははしかにかかっていなくて、かつ、予防接種も受けたことがない子のみ。とはいえ、「受けた記録」はあっても、「受けてない記録」はないもんね。保健所は、抗体検査を受けて証明書を持って来いとまでは言いません。
- 大人はどうしたって有料ですから、直接病院へ。
- はしかの予防接種は1万円弱。ワクチンがない場合はMR(麻しん風しん混合ワクチン)を使うということもあるかもしれませんが、こちらは1万3千円くらい。ただ、いずれも役所が負担する場合で、任意で受ける場合は病院側の言い値です。
- 抗体検査は保健所ではやってません。料金は予防接種より高いそうです。
- ワクチンの在庫状況は、保健所で把握しているとは限りません。
以上、思いついたことの追記でした。
母子健康手帳、まだ持ってます?
さて、大人も含めて、手元に母子健康手帳があれば、はしかの予防接種を受けたかどうか調べられるのですが、受けていてもかかることもあるそうで。
ちなみに、母子手帳には、「麻しん(はしか)」と書いてあるとは限りません。うちの子は「MMR」(はしか・風しん・おたふくかぜの混合ワクチン)だったりもします。私の母子手帳には何にも書いてないけど・・・うちの母はアバウトなんで(T-T)
それから、免疫があるかどうかの検査は無意味です。料金が高いので、そんなお金と暇があれば、予防注射を受けちゃったほうがいいです。
日本は「はしか輸出国」!?
2007年05月22日付けの時事通信社の記事「大正大もはしかで休講=横浜市大も医学部など」によると、「予防接種を従来の1回だけではなく、効果を確実にするため2回受けるよう推奨するようになったのはようやく06年からだ。1回だけでは免疫力が十分にはつかず、発病することもある。韓国や欧米に比べると10年以上の対策の遅れがあった。」とあります。
確かに、昨年4月に制度改正があり、6月にまた改正があり・・・簡単に言うと、1歳のお子さんと小学校入学前の1年間、いわゆる年長さんのお子さんを対象に無料ではしか(麻しん)の予防注射を受けられる「予診票」を送付するのですが、接種率は100%ではありません。
まあ、子どもに食べ物も食べさせないで遊びほうけたりするお母さんもいるそうですから、そういう人が、メンドクサイ予防注射なんて受けさせるわけもなく。
あるいは、「予防注射の副反応のほうが自然に罹患するより怖い」と考える保護者の方とか、中には宗教上の理由とか色々で。
時事通信の記事にはこんなことも書かれています。
「日本は「はしか対策後進国」と見られている。潜伏期間に海外旅行に行き、国外で発症する日本人の報告が毎年のようにされ、日本ははしかの輸出国だ、という非難の声がある。」
でも、そのはしかを輸出した人は、誰からうつされたんでしょう?日本人の誰か?
じゃあ、その人は誰から?・・・最初にはしかにかかった人って誰???渋滞の先頭はどこ?より難しいかも。
現場の思い・・・
個人的な思いとしては、今さら「はしか対策後進国」とか言ったって始まらないわけで、犠牲者が出ないようにするにはどうしたらいいかの方が大事なわけで。
沖田総司のポスター、見たことあります?「結核は過去の病気じゃないんです」ってやつ。確かにそうで、いまだに感染者が出て、その人の家族とか職場の同僚とかに対して「接触者検診」とかやってるわけ。でも、その対応をするのって保健所の職員で、子どもの頃BCGやってたって、とっくに効果は切れてるわけで・・・。
感染症対策は、お国(厚生労働省)が決めたことを都道府県が伝言してきて、各区市町村の保健所が実施するんですね~。
どこの下級官庁(?)でもそうでしょうけど、「まったくっっっ!!!」と腹の立つこともしばしば。そんな時、隣の席の先輩が「厚生と書いて、厚かましく生きると読む・・・」なんてつぶやいていたので、思わず「労働を省く」と二の句(?)を接いでしまったことがあったっけ。
2007年5月19日 (土)
我が家の危険度チェック-古地図から
先日聞いた福和先生のお話にでてきた江戸時代の地図を見つけました。
Yahooが古地図を公開しています。
「Yahoo 古地図で東京めぐり」
タブで切り替えて、江戸時代、明治時代、現代の地図と航空写真を見ることができます。「拡大表示」して、1/21000位の縮尺で見るとわかりやすいかも。
これを見ると、江戸時代は川や海だったところが埋め立てられて、高層ビルが建っていることがよくわかります。そういうところは、建物が耐震強度1.0を満たしていても、地震のときはよく揺れて危険かも。関東大地震のときの被害の度合いの地図と重ねるといいのだけれど、ネット上では見つからなかった^^;
『関東大震災―大東京圏の揺れを知る』(
武村 雅之)には載ってるんだけどなあ・・・。
古地図は都心部しかないから我が家は見られないけど、事務所は大丈夫だな。。。
江戸の地図を見て地名のルーツを知り、東京という地域の危険性を考える。過去の大地震とそのときの日本社会の動きを重ね合わせて、首都直下地震が日本社会に及ぼす影響を想像してみる。そういう教育をすべき、というようなことも先生はおっしゃっていました。
2007年5月16日 (水)
気づく―わが身を振り返り耐震化の大事さを知る
今日、「首都圏地震対策議員連盟」の「震災対策出前研修会」(東京編)に参加しました。
そこで聞いた名古屋大学大学院の福和伸夫先生のお話は、平たく言えば「毒舌」。柔和なお顔にソフトな口調で言いたい放題。いや、小気味よい。おもしろかった。
まず、高層ビルは揺れないとか安全だとか決め付けるのは間違っている。
地震の揺れ方次第では、高層ビルが(特に上の階ほど)よく揺れることもあるし、同じ構造でも地盤によって揺れ方や危険度は違う。
昔は海や川だったところを埋め立てて、高層ビルをたくさん建てているけど、そういうところに建っている建物は、例え耐震基準を満たしていても、例の耐震強度偽造のA歯氏が設計したものより危険である可能性、大。
それなのに、次々と高層ビルが建設され、便利だから、おしゃれでかっこいいから、と「バカ売れ」している。
それはなぜだと思いますか?・・・先生いわく、「バカだからです。」
最近の企業は、みんな高層ビルにオフィスを持ち、なぜか社長は最上階にいる。
そういう会社の株は買わないほうがいいです、とも。
ちなみに、自分が住んでいる地域の危険度を知る手がかりの一つとして、「地名からその地域のルーツを知る」という方法があります。
サンズイのつく地名、川や田んぼなど、水に関係のある地名だったら危険です。
例えば、渋谷、五反田、品川、田町、浜松町。千駄ヶ谷、信濃町、四ツ谷、市ヶ谷、飯田橋、水道橋・・・。
おいおい、全部じゃん!・・・ってそうなんですよ。
きしゃぽっぽの時代は、煙や騒音で、町なかに線路を通せなかったから、海岸沿いや川辺に走らせてたんですね。今や駅近(エキチカ)にみんな住みたがりますけど。
福和先生は、現代人は「住んではいけない所」に住んでいる、と。
過去に大きな地震があるたびに、日本は大きく時代が変っている(○○時代から××時代へ、または戦争を始めるなど)ということを、学校の先生もおじいちゃんおばあちゃんも、誰も教えない。だから人は、歴史から何も学ばない。
東京に大地震が来たら・・・いや、絶対来るんだけど。いつ来るかの問題であって。
建物の揺れ方などを見たい人は、「運ぶ・回る・揺れる」装置の「ぶるる君」をご覧ください。
また、私が所属するNPOでは、地震や耐震補強に関する一般的な知識を詰め込んで、MSのパワーポイントで紹介する「CD説法士」を作って500円で頒布しています。
お問い合わせは「NPO法人東京いのちのポータルサイト」まで。
2007年5月12日 (土)
現代社会の脅威―不都合な真実
今日は、とある「大先輩お役人」の退職記念プレゼン&コンサートに参加しました。カメラマンとして。
写真を撮っただけなのに、ご褒美にお花をもらってかなり喜んでます・・・。
その人も、偶然、この3月で役所を辞めました。定年退職まで1年を残して。
同じ役所のお仲間がピアノを演奏して、ギターの弾き語りコンサート。お役所の若い人たちの姿が目立ちました。
自宅近くの民設民営の宅老所で、ボランティアで始めたギターの弾き語り。でも、彼の歌声を聞くうちに、自分でトイレにもいけなかったお年寄りが、手をたたき、一緒に歌い、やがてトイレも食事も自分でできるようになったと聞いています。
彼は、「三つの脅威」という話をしました。
まず第一に、迫りくる首都直下型地震。このままでは、東京は壊滅する。世界経済にまでも大きな影響を及ぼすでしょう。
・・・私は世界経済なんて知ったことではない。ただ、うちの息子たちが命を落とすようなことだけは許せない。大好きなあの人が、この人が、悲しい思いをしてほしくないと思っています。
第二に、地球規模の環境破壊。
消費することイコール満足。そんな社会が本当に正しいのだろうか。
例えば、宅老所で働く人たちは、決してお給料は高くないけれど、海外へ行ってブランド物のバッグを買うことより、宅老所での毎日が楽しくて仕方ないから、そんなにたくさんのお金は必要ない。のだそうです。
第三に、心の問題。
例えばインターネット社会が子どもたちの成長に与える影響・・・などなど。
彼は、戦後60年を記念して、日本社会と自分の人生を年表にしたそうです。何年、何が起こって、その頃、自分はどこで何をしていて・・・。
日本社会は、自分たちが思い描いたような輝かしい姿であるだろうか?
否。
では、それは誰の責任か。大人たちか?政治家か?・・・自分に責任はないのか?
否。
彼は、現代日本社会のゆがみの原因は、戦後60年を生きてきた「自分にもある」と言い切るのです。だから、自分の残りの人生、自分にできることはなんでもする、と。
そのためには時間がない。1分1秒を惜しんで、自分がやるべきことを全力でやろう・・・退職理由はそんなところだと私は思っています。私とは違って、もっと大きなお役所の、もっと偉い人です(もと上司で、やはり役所を辞めてしまった作家のDさんからの祝電も来ていました)。
彼は、『不都合な真実』で有名なアル・ゴアが好きで、プレゼンの中で、数年前に読んだ本の一説を引いていました。
人類の前には二つの道がある。
我々の未来を信じ、それを達成し、守るために働く希望への道と、
我々の遺産を受け継ぐ子どもたちなど一人もいないかのようにふるまい、踊り狂いながら暮らす道
である。
選択は我々の手の中にある。
地球はバランスの中にある。
2007年4月 4日 (水)
記者会見 ―都知事候補者の回答
都知事候補者への公開質問と回答―耐震補強を中心とする首都直下地震への対応についてどう考えているのか。都知事になったらどんなことをするのか。
その記者会見も無事に終わり、NPOのホームページに都知事候補者4人の回答を公表しました。
http://www.tokyo-portal.info/questions/index.html
あと数時間で来る朝刊に何紙かは載せると思います。
しかし、こんなことやってて、ちっともお仕事進まない。
それどころか、退職時に持ち帰った荷物、卒業式の袴すら片付けてない・・・(T-T)
2007年4月 3日 (火)
都知事候補者への質問状 ―首都直下地震から、都民の命を守れますか?
私が所属しているNPOのメンバーも名前を連ねる「首都直下地震を考える有志の会」から、3月29日に都知事候補者に質問状を送った。回答も来た。今日、3日午後2時半から都庁で記者会見をする。
なんたって、もう民間人。こういうことも伸び伸びとできる。
でも、とりあえず「選挙」なので、詳しいコメントは差し控えるけど。
とにかく、質問内容を見てちょ。
http://www.tokyo-portal.info/questions/index.html
願わくばご賛同メールを。
ところで、この関連作業のため、とある設計事務所にうかがった。さすが建築士というか、アーチストというか、素晴らしいお宅だった。
トップライトと言うのかな?屋根の一部がガラス張りになっていて、昼間はそこから太陽光が室内を照らすのでしょう。夜は逆に、部屋の明かりが屋上を柔らかく照らす。
そしてその光の中に、桜の大木が浮かび上がる。桜の花びらがトップライトのガラスに降りかかり・・・うっとり・・・。
2007年3月28日 (水)
♪桜咲いたら一年生♪
昨日はココログメンテナンス中で記事をアップできなかった。
そうこうしているうちに、桜のつぼみはどんどん成長。
♪さっくら咲いたら一年生♪・・・ってCMがあった気がするけど、確かにうちの息子たちが小学校に入学するときは桜が満開だった。(写真は次男の入学式のもの。ちょうど10年前だから、私もミニスカートにブーツだったりする。じっとしていられない子なので、どの写真もこうして「捕まえて」いる。)
なのになぜ、今は・・・やっぱり地球温暖化・・・なんでしょうね。
突然襲ってきて、一気に何もかも壊してしまう地震と、じわじわと侵略してくる環境破壊。どっちも怖い。
ちなみにそんな息子たちも大きくなりました。
次男は靴のサイズが29センチ。そんな次男でも履けるスリッパを見つけたので、嬉しくて買ってきてしまった。でも、良く考えたらすごい高かった。1500円もした。
2007年3月27日 (火)
能登半島沖地震 ―北陸の家屋
能登半島沖で震度6強の地震が起きた。
テレビを見ていたら、「70年住んでいるけど、大きな地震は初めて」と答えている地元住民が映っていた。やっぱり地震国日本では、地震の起きない地域はないというか、はたまた、長い間地震が起きていない地域は、その地中の奥深くで、静かに地震のエネルギーが蓄積しつつあると言うか・・・。
やっぱり北陸は雪対策で丈夫な家が多く、中越地震の時と同じように、家屋の倒壊とそれによる被害は少ないのかもしれない。一方で、寺院のような造りの立派な屋根の家が倒壊している映像を随分見た。灯篭も。
被災地を回っている一級建築士さんの姿も映っていたけれど、「この地域の人は、柱の太い家がいい家、という感覚の人が多い」と言っていた。確かに、うちのおばあちゃんもそう。
でも、うちのおばあちゃん、つまり私の母は、福井で大きな地震に遭っている。
今から60年くらい前だろうか、仕事をサボって友達と映画を見ていたらしい。一番後ろに座って見ていたから、真っ先に飛び出そうとしたら将棋倒しの下敷きに。その上から映画館の窓ガラスが割れて降り注いだ。おかげで(?)怪我もなく、家にたどり着いたけど、当時母が務めていた工場は全壊で、家族は母のことを死んだと思って諦めていたらしい。・・・悪運の強い奴・・・。
と、とにかく、東京にもいつか必ず来る大地震に備えよう。
まずは、家屋や家具などの倒壊防止を!
2007年3月18日 (日)
旧耐震基準の頃から、毎年咲いているバラ!?
桜のつぼみは昨日と変わりなく・・・しかし、「例の」うちのキョーフのおばあちゃんがいじくったので、若干、植木の向きなどが変っているが。
とにかく、花を枯らすのが得意。でも自覚がなく、ヒマなので余計なことをする。何度教えてもわからない。
例えば、開花期を迎えた花や根っこが弱い花に限って穿り返して植え替えたり、ハーブを雑草としてみんな摘んでしまったり。
だから、うちの庭に咲いている花は、驚異的な生命力を持った突然変異だけ。とても可憐なオレンジ色のバラは、我が家への引っ越し祝いとしていただいたものだけど、ずっと咲き続けている。私が高校に入学した年からだから、かれこれ25年。
とうことで、我が家は耐震性の低い=旧耐震基準の家なんだな~
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2007年1月27日 (土)
卒論とサバイバルゲーム
卒論で、やさしい日本語(Easy Japanese)などに触れましたが、その関係で今日、私が所属するNPOに、昨年12月10日のサバイバルゲームに関するお問い合わせがありました。お問い合わせの内容は次のようなものでした。
外国人に日本語を教えているという方が、次の授業で取り上げるトピックを探していて、サバイバルゲームについてのサイトに行き着いたとこのこと。
日本で生活する外国人の中には、地震を全く経験したことのない人がかなりいるので、日本語が不自由な彼らが地震国日本で生活していく上で、地震についての知識を得ておくことは重要なことであり、イベントを授業で取り上げたい、と。
おっしゃるとーり!うれしいお問い合わせ(^0^)/
サバイバルゲームの内容は、ウェブで順次、公開するつもりですが・・・何分、私が作成しているので・・・今は勉学優先 ^^;
2月以降、なんとかします。。。
それから、映像系のNPOの企画賞も受賞したので、3月末日までにそういうコンテンツも作る予定です。しばしお待ちを・・・。
本当は映像を公開するのが一番なんですが、営利企業が関わっていると、無料で誰でも見られる、使えるようにするのが難しくなることもあるんですよね・・・当たり前なんですが。いつも、お付き合いさせていただいてる企業さんのご好意に甘えているのが図々しいのか f(^ー^
ところで、そのイベントは「第6回耐震補強フォーラム」なんです。
世間一般では「防災」と呼ばれ、地震が起こってからどうするかを重視しています。例えば、「地震だ!火を消せ!」とか、「3日分の水と食料を用意しましょう」とか。
また、行政も、いわゆる「防災訓練」や、被害に遭ってからの復興計画、被災者への経済的援助などに力を入れてきました。
でも、私たちが目指すところは「減災」。
地震などの「災害」は防ぐことはできませんが、「被害」を減らすことはできます。死んでしまったら水も食料も着る物も住むところも必要ありませんから・・・そのために耐震補強、なわけです。
ちなみに、サバイバルゲームの記事はこちら↓
http://cool-nikita.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/in_d65b.html
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2007年1月 3日 (水)
サバイバルゲーム IN 六本木ヒルズ
昨年12月10日、六本木ヒルズでこんなサバイバルゲームを開催した。
若い二人がデートの待ち合わせ場所(六本木ヒルズ)で首都直下型地震に遭遇。生き残った二人を待っていた運命は・・・。
ちょっと泣けちゃう切ないストーリーに、AかBか、二者択一のクイズを交えて、災害用伝言ダイヤル体験なんかもやりつつ・・・優勝者にはナント!ペアでハワイ旅行がプレゼントされたのでした。
写真はその時のもの。お疲れさん!って花束をもらった(*^-^*)
地震が起こってからどうするかってことより、起こる前に何をしておくかってことを話題にしたかったので、どうしてもクイズだけじゃなくストーリーが必要だった。
女性や若い人に来て欲しかったから、おしゃれで楽しい感じの企画にしたけど、実は「耐震補強フォーラム」だし。
※イベント詳細は「耐震補強フォーラム実行委員会」のページ(http://www.tokyo-portal.info/061210forum/index.html)を!
ところで今朝、テレビを見ていたら、トヨタホームだったかのCMで、ちらっと見ただけでよくわからなかったけど、こんなのがあった。
夫婦で食卓を囲んでいるところ、グラッと地震が。
「地震だっ!」と叫んだ次の瞬間、「さて、Aか?Bか?」とクイズのような画面が。
地震発生時の行動を選ぶのか、安全な家を選ぶのか、クイズの内容はわからなかったけど、どっかで聞いたような・・・。もしかして流行ってる???
・・・んなわけないか ^^;
ちなみにネタ本は、実はコレ↓
| 大地震死んではいけない!―間違いだらけの「常識」にだまされるな! 著者:レスキューナウ,目黒 公郎 |
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2006年10月 8日 (日)
視力回復手術
もう3年くらい前になるけど、視力回復手術を受けた。
0.01とかだった視力が今でも1.2以上は確実に出てる。
■費用
約50万円だった。もっと安いところはいくらでもあるようだけど、自分の目のことなんで、安けりゃいいってもんじゃないので、知り合いが手術したところを紹介してもらった。
初診のとき、先生が名刺を出したのにはびっくり!けっこうかっこいい先生だった。
■手術
両目で10分くらいだったかな。角膜をレーザーで削るらしい。
目を閉じないようにまぶたを固定して、目薬状の麻酔をさす。目の前が真っ暗になって、でも光がピカピカしている間に終わった。痛みはなかったと思う。
■術後
その日は目がしみた。
翌朝起きて、「しまった!コンタクトしたまま寝ちゃった!」って思った。・・・つまり、翌日にはもう良く見えるようになってた。
術後1か月だったか、寝るときにゴーグルをするように言われた。寝ている間に目をこすったりするといけないかららしい。
■注意
ただしこの手術は40歳以上はダメらしい。老眼になっちゃうから。
それと、手術をしてもまた悪くなることはあるらしい。私は一時2.0くらいあったけど、今は1.2~1.5くらい。
ちなみに、なんでそんな手術をしたかというと、そりゃあ、メガネやコンタクトは使わずに済めばそれに越したことはないし、地震とかがあったら怖いでしょ。「メ、メ、メガネ・・・」なんて探してるうちに死んじゃいそうじゃない?
2006年9月16日 (土)
彼女を守る51の方法
「彼女」役の石井めぐるちゃんが可愛くてちょっとセクシー↓
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彼女を守る51の方法―都会で地震が起こった日 著者:渡辺 実,彼女を守るプロジェクト |
先日、この著者の渡辺さんにお会いしました。
渡辺さんは、何年か前までは、都市計画とか難しい本ばかり書いていたのに、「このノリはどうしちゃったんですか?」って聞かれて、「脱皮したんです」と笑ってました。
「俺は55歳だ。だからこういうクリエイティブなことに関われるのはあと5年だ。」と渡辺さんは言います。
”おじさん”であることを自覚すること、その潔さが”おじさん”のかっこよさです。
↓漫画にもなりました。
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2006年9月 2日 (土)
『地震で人を殺すな!』安井潤一郎
まだ衆議院議員ではなかった頃の安井さんが、小泉総理の前で一席ぶったときのやりとりが笑えます。地震防災を楽しく、でも真剣に語る本です。
言い換えれば、「地震で死ぬな!」です。
世界で、地震がまったく来ない国があるのを知ってますか?
それは地震の起こるしくみを考えれば当たり前のことで、逆に言えば、地震の起こる国は何度でも起こるんです。
地震国日本。映画「日本沈没」もまんざら絵空事ではないです。関東直下型地震は、50年先の話ではありません。
ちなみに、安井さんいわく、購入第一号は私だそうな(*^‐^*)
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地震で人を殺すな! 著者:安井 潤一郎,東京いのちのポータルサイト |
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2006年8月20日 (日)
ターミネーター
昨日、フィットネスに行った。
いつもは ( `´)=〇 系のスタジオプログラムばかりなんだけど、初めてマシントレーニングをやってみた。
ウエストをシェイプするとか肩こりに効くとかももちろんあるんだけど、実は「ターミネーター2」の「ママ」、サラ・コナーに憧れてたりもする。
例えば大地震が来て、息子が瓦礫の下敷きになっていたら・・・私に腕力や知恵がないばっかりに、息子を救えず、どんどん冷たくなっていく息子を見ているしかないとしたら・・・そんなシーンをイメージすると居ても立ってもいられない。
(そんな妙な想像力は、防災関連のNPOで活動をしているせいもあるけど ^^;)
それに、人間誰しもツイてないときはある。じっと我慢の時期ってもんがある。私は今、その時期だから、ひたすら頭と体を鍛えようと・・・。
診断では上半身の筋力が弱いようだから、まさにサラみたいに「ふんっ!ふんっ!」って鍛えるぞー
しかし、ターミネーター2のラストシーンは何度見ても泣けるよね。。。
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ターミネーター2 エクストリーム・エディション (初回限定生産) 販売元:ジェネオン エンタテインメント |
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2006年8月 8日 (火)
マンションの耐震性
今日の新聞に「マンション快適ライフ 【コミュニティー】」というシリーズで、「きっかけは防災防犯 みんな関心大、交流効果大」という記事があった。
私は戸建てに住んでいて、一昨年、耐震補強工事をした。防災関係のNPOに所属していて、耐震補強の重要性を感じたから。区役所からは、何の助成もなかったけれど。
知ってる?神戸の大地震では、死者の8割以上が家屋の倒壊が原因で亡くなっているって。
詳しくはまた改めて書くけれど、今日はこの記事を読んで思い出した。マンションの耐震性には興味がある。
NPOでは、3年位前から耐震補強の重要性を訴えてきたけれど、ここにきて、例の事件で「耐震性」というコトバは誰もが知るところとなった。
でも、自宅を耐震補強する人はまだ少ない。特にマンションとなると、自分ひとりの意思ではできない。
人間、何が一番大切なのか。価値観は色々あるけれど、死んだらすべてが終わりなんじゃないかなあ・・・。
一蓮托生。地震国日本だから、今までの震災での被害をムダにしたくないよね。
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大地震死んではいけない!―間違いだらけの「常識」にだまされるな! 著者:レスキューナウ,目黒 公郎 |
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地震のことはなそう 著者:藤田 夏代子,目黒 公郎,せお まさし,東京いのちのポータルサイト |
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2006年8月 5日 (土)
打ち水大作戦
今日は打ち水大作戦。
所属しているNPOが、「国民運動」のお手本に、「打ち水大作戦」の仕掛け人をお招きして飲み会をしたので、ちと興味を持った。
去年は仕事で打ち水の取材に行った。浴衣着て。
浴衣に手桶、いいよね。 (*^-^*)
でも、水をまくと、すぐに蒸発してかえって蒸し暑いような・・・^^;
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2006年8月 4日 (金)
地球温暖化と練馬区
地球の温暖化が騒がれて久しい今日この頃。
「東京の今日の最高気温は35.3度まであがります」などと毎日ニュースで聞くけれど、その後すかさず「練馬区は36.8度まで上がるでしょう」って何?
練馬って東京じゃないの?
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2006年7月22日 (土)
老いて(?)実感する「異常気象」
子どもの頃は、私のお誕生日は夏だった。夏休み直前のウキウキ気分でお誕生会。
なのに、高校生くらいから、「梅雨生まれ」化し始めた。
そして今、7月ももう終わろうというのにまだ梅雨が明けない。
しかも、昔は「今日は30度を超える真夏日になります」なんて、ニュースで言っていたのに、今や夏は35度とか36度とか、平気で人間の体温並みに気温が上がる。
絶対、おかしいって!
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